チベットの女/ イシの生涯

中国映画「チベットの女 / イシの生涯」(原題:益西卓瑪)(Song of Tibet)を観ました。


2000年の作品。タイトル通りチベット女性のイシの生涯について、3人の男と出会ったイシの人生を描く。映画はイシがラサのポタラ宮のすぐ下に住んでいるのでポタラ宮の風景や、夫がマニ石にお経を彫っている様子、ジョカン(大昭寺)の前での五体投地、中に入ってお参りして釈迦牟尼仏がどアップで映され、またジョカンの周りのバルコル(八角街)、夫探しの時のチベットの雄大な風景~雪山や湖、峠にあるタルチョ(お経の書いてある旗)がたなびき…とこれぞチベットという風景の映像がいっぱいでした。観ていて楽しくやはり私にはチベットの風景がとってもしっくり来て好きな場所なのだなあと再確認しました。

夫と共にラサに住んでるイシ。孫娘が北京から遊びにやって来る。夫のギャツォは肺がんで、病院を何度も抜け出してる。夫のギャツォが亡くなり葬式をし、夫のベッドで横になったイシも亡くなるのだが、それまで孫娘にイシは自分の人生を聞かせ、自分の人生を回想する感じでイシの人生を辿っている。

そのイシの人生とは…
ラバ使いの若きギャツォは歌いながら湖で髪を洗っている娘のイシに一目惚れ。家を突きとめ彼女の外出先まで追うと荘園の大きなお屋敷に入り彼女が歌を歌い始めるのに聞きほれる。早速ギャツォはイシの家に行き求婚。そして彼女を掠奪という荒い手法に出て、菜の花畑でキスしてことに及ぶ。結婚しても夫ギャツォはあちこちに出かけてなかなか戻らずそのうち娘ができ、イシは実家に戻る。実家は貧しく借金があり土地を売り払っていた。荘園の旦那クンサンにクンサンの子供の子育てと家事を手伝えば、まだ残る借金もチャラにすると言われ、クンサンの元で働き始める。イシに男の子が授かり高僧に名前をつけてもらうため会いに行くと、その高僧は自分の幼馴染のサムチュだった。幼い時彼はイシにダライ・ラマ6世の恋の詩集をくれたが、イシにとっての初恋の人だった。

1959年、ダライ・ラマ法王がインドへの亡命直前のとき荘園クンサンのところに訪れていた。クンサンはイシの産んだ男の子を連れてくるよう迫り、クンサンの母も「あの子は我が一家の血が流れてる」と言う。ちょうど夫も戻っていたので夫は驚きクンサンに歯向かうも、クンサンの取り巻きに殴られてしまう。下の男の子はクンサンたちと共にダライ・ラマ法王一行と共にインドへ連れていかれてしまう。その後夫ギャツォは上の女の子を連れて、家を出て行った。

イシは母が亡くなる直前に「夫を探すように」と言われ夫探しを決心。1970年文化大革命の最中旅に出る。お腹を空かせて倒れ込んだとき、ちょうど幼馴染の高僧サムチュに再会。サムチュは修行の場を求めて旅をしていた。しばらく一緒に旅をすることに。そしてある山に辿り着くとサムチュは「この山で3年瞑想をする」と言い出し、近くの村人が食糧など運んでくれ白いカタ(お祝い、挨拶、敬意を示す細長いスカーフ状の布)を村人は掲げて歓待した。イシはまた一人で旅立たなければならなかったが、最後には夫ギャツォに辿り着き再会を果たした。

まだギャツォとイシが健在の時に、年取った荘園のクンサンが家を訪ねてくる。クンサンは謝罪。「息子はイギリスで暮らし本当の母のことはわかっていない。全て話し、今度チベットに連れてくる」と話していく。またギャツォが「高僧のサムチュを呼んでくれ」と亡くなる直前に言い残したためその手配をし、サムチュがやってきてイシとの再会を果たす。サムチュはお経を上げ新しいダライ・ラマ6世の詩集をイシに手渡していった。初七日になるとイシはギャツォの遺体のそばで静かに息を引き取った(完)

 
(ジョカンの釈迦牟尼仏)

2000年が舞台なのでネットカフェの存在やPCを電話に繋いでPCを使っているのが懐かしい感じがしました。若者たちがお茶してるチベット風のカフェもいかにも内装がチベットでテンション上がりました。ポタラ宮、ジョカン、バルコル、五体投地、バターランプ、タルチョ、カタ、えんじ色の袈裟を着たラマ僧‥などどれも親しみのある風景。山々や湖の風景も美しかった。いくつかこれまでもチベット映画を観てますが、この映画が一番チベットの美しい映像を残しているかも。映像を観るだけでも観る価値ありました。

また西蔵(チベット)博物館が出てきたのですが、こんな博物館ラサにはなかったと思い調べたら、1999年にオープンした博物館だとわかりました。1991年にチベットに行ってる私は知らないわけです。ジョカンの中の釈迦牟尼仏がクローズアップで大写しされ、その美しさをまた思い出しました。

若き日のダライ・ラマ法王を演じた方が、若いころのダライ・ラマ法王に雰囲気が似ていて思わずにんまり。かつてインドのダラムサラではたくさんの人気あるチベットの高僧たちの写真が売られていて、私も一枚ハンサムな人だと思い買った写真が、のちにそれは若い日のダライ・ラマだと知りました。帰国して友人に旅行の写真の中にこの写真も入れてたら「この人誰かよくわからないけれど、この世にいない人だね(ダライ・ラマ法王は観世音菩薩の生まれ変わりと言われ、本来はこの世にいない人なので友人の言うことは当たってる)。鳥肌立つくらいに気持ち悪い。でもnaonaoには合ってる。いい守り神になってる」と言われたのです。この友人は霊感強い人でした。それ以来旅行に出る時にはお守り代わりにこの写真をずっと持ち歩いてました。この映画は色んなことが懐かしく思い出され、楽しかったです。しっくりくるチベットの風物を十分堪能しました。チベット好きなのでえこひいき。naonaoお勧め度★★★★★👑 

おまけ:これが旅行中私がお守り代わりに持ち歩いた若き日のダライ・ラマ法王の写真。今観てもハンサム。買った時には全然ダライ・ラマ法王とは思いもしなかった。1991年当時チベットラサにダライ・ラマ法王の写真を持っていくと、地元のチベタンが皆写真を欲しがっていた。当時バルコルではダライ・ラマの写真を売買することが禁止されていたようだったことも思い出しました。

あなたがここにいてほしい

中国映画「あなたがここにいてほしい」(原題:我要我们在一起)(Love Will Tear Us Apart)を観ました。


2022年の作品。IMDb評価は6.3。実話を元に書かれたネット小説を映画化。10年にも及ぶ愛を描いています。さらりと描かれているので泣けはしなかったが、切なくて二人のどうにもならない愛が悲しかった。

高校生のリュー(チュー・チューシアオ)は好きになったリン(チャン・ジーイー)にラブレターを書くが、学校で見つかり謝罪を求められた。謝罪もせずリューは放送で告白し退学処分となる。彼女との結婚の許しを得るため彼女の実家に行くも母親から反対される。それでも一緒に暮らし始める二人。リューは工事現場の監督として働き、リンは大学院生だった。工事現場は手抜き工事が横行しているので休み返上で働くリュー。検査前なのにサインを迫られついには所長と喧嘩して仕事を辞める。そこに友人から人を集めて建設現場で働くまとめ役の仕事が舞い込む。リューは借金をして人夫の宿泊代や食事代を支払った。張り切ってリューは働くが、賃金がいつまで経っても払われず人がどんどん去っていき、契約違反で莫大な借金を抱えてしまう。友人は自分のガールフレンドにダイヤの贈り物をするために金支払いを渋っていて、リューは友人に騙された格好となる。

リューはウイグルで水力発電の仕事に携わる。「長期で戻れないから、幸せに暮らしてほしい」と彼女に別れを告げた。3年ほど年月が流れ、銀行員となったリンは別の男性との結婚話が進む。リンはリューに電話し、自分がこれから結婚することを告げた。リューはリンと嘉峪関で待ち合わせをするがその前にどうしても観測しなければならない仕事があり、吹雪の中格闘。遅れる旨のメールを彼女にたくさん送るが、電波が悪くメールは彼女に届かない。彼女は相変らず彼からの連絡もないまま待っている。吹雪の中、リューの仕事仲間が彼を発見。彼は彼女との幸せな結婚を夢見ていた。彼が運ばれる中、電波が届き次々と彼のメールが彼女の元に届く。「流れ星にお前の幸せを祈った」「生きてたら必ず結婚する」しかし彼は亡くなった…。仲間には「死んだら絶対にリンには知らせるな」とメールしていた。

ストーリーが素敵でした。もっと編集の仕方など工夫したらかなり泣けるラブストーリーなのになあと思いました。それでもいい映画だった。naonaoお勧め度★★★★

おまけ:この映画のトレーラー

静かなるマニ石

中国映画「静かなるマニ石」(The Silent Holy Stones)を観ました。


2005年の作品。IMDb評価は7・0。チベットの少年僧がロサール(正月)に帰省し、また舞い戻って寺でのロサールのモンラム(祈祷)を上げるロサール前後の3~4日間の話。家に帰った少年僧の頭の中は「西遊記」のビデオCDを観たいということでいっぱい。帰省時にちょっとしか観られなかったこともあり、寺に戻ってからも観たいと思った少年僧。他の先輩お坊さんやトゥルク(化身ラマ=高僧の生まれ変わり)の子供僧にも見せてあげたい気持ちもあって、父にお願いしてテレビとビデオCDをロバに載せて寺に戻る。トラックで店を出してるところから孫悟空のお面を買って楽しそうに顔につけ、最後は大切そうに袈裟の胸の中にしまって持ってるのが印象的でした。チベット少年僧のロサールを中心にした様子が観れて、面白かったです。チベットの独特な家の造りやカーテン、風景なども懐かしさでいっぱいでした。

少年僧の帰省時に平原でマニ石の彫刻を仕事としているおじさんのところに父と寄り、話をしてそのマニ石を見せてもらったばかりなのに翌日には亡くなってしまったり、故郷ではロサールの催しで妹たちが「ティメー・クルダン」の劇(どうやら盲目の人の目を治した王子の話のよう。地元の人々はそれを観て泣いていた)の練習後寺でお披露目したり、その鑑賞の合間をぬって香港映画を観に行ったけれど、あまり良くなかったので途中で出てきてしまい、本当は返金はできないけれど(映画はひとり1元=今のレートで20円)お坊さんだから仕方ないと返してもらったり…。

少年僧は「西遊記」を観たいけれど、父親にストップをかけられ中々観られない。少年僧のおじいさんは年に一度しか戻らないのだから、好きなことをさせたらいいというスタンスで協力的。そこでおじいさんを見張り役にして、部屋で「西遊記」を観て父たちが戻った時を教えてもらう作戦に出る。少年僧の家は何やら裕福でテレビもあるし家も新しくて綺麗。テレビと「西遊記」のビデオCDも寺に持ち込んで寺の先輩のお坊さんたちにも観てもらうけれど、トゥルクはロサールだからたくさんの客があいさつに来て、観たいのに観れない。トゥルクもまだ子供なので可哀そうな感じでした。

少年僧が生活する部屋にはダライラマやパンチェンラマの写真、タンカ(仏教絵画)、バターランプ、カプセ(油で揚げたお菓子)などお馴染みのものがあり、寺と寺の中にある自分の部屋を少年僧が行ったり来たり走っているときに何度か映ったストゥーパ(仏塔)やら、モンラムが行われている寺のドアなども懐かしい風景でした。少年の実家の絨毯や窓のカーテン、外で風にはためいているタルチョ(お経の書いてある旗)、おじいさんがずっと回してるマニ車も馴染み深く(ただし結構な大きさがありちょっとびっくりした)、いつでもどこでも「お茶を飲んで」と出されるバター茶も、今もなお中国製のあの花柄のポットに入っているのだなあと思いました。仏様のお供えのカプセのお菓子を、ヤギやヤクなどにあげてるのも興味深かった。また移動がトラクターだったのも懐かしかった。チベットのラサやシガツェ、インドのスピティ、キナウル、ラダックなんかでも私は旅行中トラクターに乗って移動したことがありました。もちろん映画の中で若者はトラクターだけでなくバイクに乗ってましたが。

チベットの劇や踊りを何回か観たことがあり、ショトン祭り(ヨーグルト祭り)の時、チベットのラサのノルブリンカと、ロサールの時インドのダラムサラでダライ・ラマ法王と一緒に(ティパという専属でプロの人たちによる)。また日本にティパの人たちが来た時にも観に行きました。映画で演じられてたのはもっと庶民的で、きっと演目も色々あるだろうから私が観たものとは全く違うものに見えました。記憶が定かでないけれど、私がインドのダラムサラで観たのはチベットで7世紀、ソンツェン・ガンポ王が中国から(唐の2代目太宗の時代)文成公主を皇后に迎えた劇だったと思う。村の劇と違って実際に観たものはどれもこれもがとっても洗練されていた気がします。映画の劇はかなり素朴な感じでした。

この映画はアムド地方のものらしく、アムドと言えば青海省、甘粛省、四川省の一部にあたり、西寧のタール寺や夏河のラブラン寺に行ったことが思い出されます。タール寺やラブラン寺は巨大で立派な寺だったけれど、この地域にはたくさんの小さな寺も点在しているので、映画ではその小さな寺が使われたのでしょう。チベット文化圏はとっても好きなので、時々チベットの映画を探してこれからも観ていきたいです。

おまけ:この映画のトレーラー

あの子を探して そして「赴山海」を観始めました

中国映画「あの子を探して」(原題:一个都不能少)(Not One Less)を観ました。


1999年の作品。IMDb評価は7.5。ヴェネツィア映画祭金獅子賞受賞。チャン・イーモウ監督作品。幸せシリーズ(「至福のとき」「初恋のきた道」「あの子を探して」)のひとつ。たった13歳の女の子が田舎の教師代理を一か月引き受け、出稼ぎに街へ行ってしまった生徒を探し回る話。1991年から1995年くらいの間何度か中国を旅行していて、私自身も田舎に足を運んで色々見てたけど、1999年なのにこんなにも教室も机も椅子もおんぼろなのにはびっくりした。貧しさが半端なかった。子供が主役で可愛らしく子供を探す点でイラン映画の「友だちのうちはどこ」を思い出しました。

カオ先生の母親が具合悪いため、ウェイ・ミンジが一か月教師として派遣された。50元の約束の仕事。もし生徒が減らなければ余計に10元もらえることになっていた。悪ガキのホエクーはミンジを先生と認めない。黒板に書いたものを写すようミンジが言っても、騒いで写さない。貴重なチョークを落とし踏みつける。学級委員の女の子はチョークがどれほど大切なものかをカオ先生の時から教わっているため、それを文章に書き教室で読み上げると涙をポロポロ流した。足の速い女の子シンホンが街の学校へ行くことになり、村長が彼女を連れて行こうとするが、一人でも生徒を減らすといけないと思っているミンジは、シンホンを隠して居場所を聞かれても知らないの一点張りだった。村長は「シンホンにとってもいいことで、カオ先生にも怒られないから」と必死にミンジに説得する。

ホエクーは病気の母に代わって生活費を稼ぐ必要から街へ出稼ぎに出てしまい、学校には来なくなった。生徒を減らしてはいけないと思ってるミンジは、ホエクーを探すために街へ出る決心をする。しかしお金がなかった。まずはバス代を稼ぐために子供たちと一緒にレンガ運びをする。本当はもうレンガ運びする必要のないレンガだったのに、勝手にやっては怒られる。しかし子供たちが必死になって抗議するので現場の責任者がお金を恵んでくれた。そのお金からバス代を差し引き残ったお金でコーラ2本を買い、26人の生徒と共にコーラを分け合って飲むミンジ。バス乗り場に行くとバス代が上がっていて乗れないことがわかる。さてどうしたものか。レンガ運びはもうできないのに皆でレンガ運びをどれくらいしたらバス代になるのかを計算する。そのうち稼ぐのは大変だから無賃乗車すればいいという結論に至る。無賃乗車して案の定、ミンジはバスを降ろされる。ミンジは街まで歩き出す。

ホエクーがいるであろう工場に行ったが、一緒に来たという女の子が「彼はバスが着くなりトイレに行き、いなくなってしまった」という。彼女にお金を渡す約束をして駅までやって来てどこでいなくなったかを確認する。そのうち駅で放送してもらえばいいことに気づき放送してもらう。また筆と墨と半紙を買って尋ね人の張り紙を街中に貼ることを思いつく。しかし張り紙作りをしていると見知らぬ男から「電話番号もなし、学校もどこにあるのかわからない、これでは連絡のつけようがないよ。警察、新聞はどうだろう。テレビ局行くのが一番手っ取り早い」と教えてくれる。そこでミンジはテレビ局へ。しかし身分証明書や紹介状がなければテレビ局には入れず、局長の知り合いでなければ無理と知り、今度は外で局長を待つ作戦。丸二日待ってやっと局長に会い、テレビ局の番組に出してもらう。客や店から食事を恵んでもらい駅で寝泊まりしていたホエクーもその番組を見て、帰りはテレビ局の車でミンジと共に故郷まで送ってもらう。テレビ局が村に来て村中が大騒ぎ。村と学校に多額の寄付が寄せられ、ホエクーの家の借金は無くなり、新しい校舎ができ、たくさんのチョークももらう。最後に子供たちが黒板に一文字ずつ好きな漢字を書き、ホエクーだけが3文字「魏(ウェイ)先生」(ウェイ・ミンジのこと)と書いた(完)。

13歳というまだ幼い子供が先生になるというのがとっても無理があり、子供が子供の世話をしてる感じが大変そうでした。黒板に書いたらすぐに外に出てしまい、生徒が「難しくてわからない、書けない」と言っても何が何でも「写すように」としか言わず、教室の外にすぐに出てしまっていたミンジ。あちこちで大人から強い口調でまくしたてられ、どうしようもなくいつも黙ってしまう。最後はいなくなったホエクーを探し見つけられて良かった。村の貧困はマスメディアに取り上げられることで解消できたのは、ラッキーとしかいいようのないことで、最期に流れたテロップには「100万人の子供たちが貧困のために退学している。そのうち15%が援助で何とか復学している」との文字が‥‥・

中国は一人っ子政策が行なわれ、1999年はまだ一人っ子政策の最中。1999年はまだまだ子だくさんで貧困な国だったのだなと思います。1991年、1992年、1995年に私は中国に行ってるのですが、田舎に行くと子供たちに持っているボールペンをおねだりされることが多々ありました。日本製のボールペンほど書き心地のいいボールペンはないので、それを知った子供たちはおねだりしてきます(インドも同様、大人まで)また世界中で中国人が一番顔が幼くて、子供の顔も一番可愛いと思っています(大人の顔も一番中国人が幼い顔)西洋人の子供の顔は成熟し大人びていて、時に可愛くない(失礼)。外で遊んでる子供の写真もいろんな国で撮ったけれど、中国人の子供が一番可愛いかった。それを思い出し、映画の中のバスターミナルや街の賑わい、包子や炒餅など屋台の食べ物も懐かしく観ました。naonaoお勧め度★★★★★

おまけ:この映画のトレーラー



おまけ:楽しみにしていたチョン・イー(成毅)の「赴山海」(The Journey of Legend)が11日から始まりました。とりあえず1話だけ観ました。何だか「慶余年」みたい。現代から昔の時代へタイムリープ。軽快な感じのテンポが同じです。コミカルで楽しい。

どうやらPCのAI使って書いた武侠小説の中に大学生の肖明明(チョン・イー)が突然入り込み、主人公の萧秋水に自分がなってしまう。しかも小説では20歳には既に武侠世界の頂点に立っていたはずなのに、自分はまだまだへなちょこでぽんこつ。できるならここから去りたいと願う。墓にある武術の書物を漁ると、敵を倒し武侠世界を統一しなければいけないとAIに言われてしまう。それなら殺されないように目立たないように生きようと思うが、そう思った瞬間に手に仕込まれたオレンジ色の毒が動き出し、痛い思いをする。この時代の家族に会うと母が同じ人だった。また友人たちも顔馴染みの友人たちが転生していた…。(お母さん役が今私が観てる「如懿伝」に出て来た純妃役の人だった。同時にドラマを観ると役者さんがダブることがアルアルですが)

これから先を観るのが楽しみです。

このドラマのトレーラー

至福のとき

中国映画「至福のとき」(原題:幸福時光)(Happy Times)を観ました。


2000年の作品。IMDb評価は7.3。チャン・イーモウ監督作品。原作はノーベル文学賞の受賞作家、莫言の同名小説。チャン・イーモウ監督作品の幸せシリーズ(「至福のとき」「初恋のきた道」「あの子を探して」)のひとつ。うだつの上がらない中年男性と盲目の少女の交流を描く。最後は結構泣けました。温かな気持ちになる秀作でした。

結婚をしたいチャオ(チャオ・ベンシャン)は太った女性とデートを重ね、ある日バラの花束を持って彼女の家へと遊びに行く。そこには彼女にそっくりな太った息子がいた。食事時になって奥の部屋から出てきたのは盲目のひょろりとした少女(ドン・ジエ=董潔)。太った女性はチャオがホテルのマネージャーならこの少女に仕事を与えてほしいとお願いする。チャオがホテルのマネージャーであることは真っ赤な嘘で、少し前におんぼろなバスを使ってプライベートな空間を貸す商売を始めたばかりだったが、女性と結婚したいチャオは二つ返事で引き受ける。その少女を仲間のところに連れていき、最初に家の事情を色々聞くと、少女の名前はウーヤン。どうやら一緒に住んでたのは継母で男の子は義理の弟、父は遠く離れて出稼ぎに行って戻っていず、ウーヤンは父がお金を稼いで戻ったら自分の目を治してくれると信じて疑わなかった。

おんぼろバスのところで座ってウーヤンには店番のようなものをさせるつもりだったが、いざその場所へ向かうとバスは撤去される真っ最中。ウーヤンにウソがばれないようにいかにも従業員と話しているようにその場で芝居をするチャオ。自分の知らないうちに改装工事に入ったという設定で彼女の仕事が無くなったことを告げる。二人で太っちょの女性の元へと戻ると、ウーヤンの部屋を息子の部屋にしてしまいウーヤンの居場所はなかった。ウーヤンはマッサージがうまいのでどうにか住み込みで働かせてほしいと太っちょの女性が言うため、それを断わり切れないチャオ。彼女を自分のアパートに連れていき、従業員のアパートだからと彼女に部屋を明け渡す。

マッサージとは一体どんな風にしてるのか、チャオたち鉄工所で働く仲間が外に観に行き、自分たちで工場の片隅に部屋らしいものを作り、顔を出せる穴をくりぬいたベッドを作ってウーヤンに早速働いてもらうことにする。チップを渡さないといけないのでチャオが仲間にお金を渡し、仲間は順番にマッサージを受けてウーヤンにチップを渡していく。ウーヤンはお金を貯めて父親を捜しに行き、自分の目も治すと明るくしゃべり始める。またお金があるからチャオにアイスクリームを驕ると言い出す。

しかしそのうちお金が無くなり、チャオは自分のアパートに戻ってテレビを持ち出し売り払う。その時ウーヤンはアパートからテレビが無くなっていることに気づく。またこのまま本当のお金を使って行ったら破産すると、ただの紙切れのお金ををチップとして使い始める。ウーヤンはそのことにも気づくが、むしろ微笑んでその紙切れのお金を受け取った。

ウーヤンと食事に行くとまたもチャオに驕ると言うがチャオは大丈夫と断る。ウーヤンが父から送られてきた手紙をチャオに読んでもらった時、お金の話ばかりでウーヤンのことについては何も書かれてなかったが「私のことは?」とウーヤンに聞かれ、「文字が小さくてメガネがないと読めないから、明日にでも読んであげる」と言って別れた。その晩何度も女性に電話するが様子がおかしいことに気づき、バラの花束抱えて女性のところに行くチャオ。チャオがホテルのマネージャーではないことがバレて、チャオは振られる。女性はウーヤンに本当のことを言ってここに連れてくるようにチャオに伝える。チャオは明日にでも読むウーヤンへの手紙を書き、その直後トラックにひかれ昏睡状態となる。ポケットに血だらけの手紙が入っているのを見つけ、仲間がアパートへ行くが、ウーヤンはカセットテープを残したままアパートを出た後だった。テープの録音に残っていたのは、「探さないでほしい。重荷であったこと、演技であったこと、お金がなかったことも知っていた。お金が偽でも気持ちは本物だから、この紙のお金は一生大切に取っておきます。一緒にいた時間は私にとって一番幸せな時間だった…」このテープを一度聞いた後に巻き戻し、もう一度このテープを回しながらチャオの仲間がウーヤンへの手紙を読み上げる。「元気でやっているか。書きたくでも書けなかった。お金ができたら目の手術をしに深圳に連れていく。そこでも治らなかったらいい医者を探す。元気出して父を待っていてくれ」…。

最後は泣けました。ウーヤンの手紙が凄く泣けた。チャオの優しい嘘がウーヤンにもお見通しだった。ウーヤンは盲目なのに街中へ、チャオは昏睡状態に。一体これからウーヤンはどうなるんだろう、そして心優しきチャオは目覚めるのか。盲目の少女と中年男の話というとチャップリンの「街の灯」を思い出し、街中でチャオの顔をウーヤンが触ってどんな顔なのか探る場面が「街の灯」でもこんなシーンがあったなあと思い出されます。優しい気持ちは残ったけれど、映画のラストは大団円とはいかず厳しい現実が待っている。ラストがかえってリアリティがありました。主役の女の子ウーヤン役を演じるドン・ジエが今ちょうど観ているドラマ「如懿伝 〜紫禁城に散る宿命の王妃」の皇后役をしている。何か不思議。この映画は20歳の時、ドラマは38歳の時。4,5万人からの応募で勝ち抜いたこの女の子ウーヤン役だそう。naonaoお勧め度★★★★★

おまけ:この映画のトレーラー