「蓮花楼2」の本を読みました 

「蓮花楼2」の本を読みました。


「蓮花楼1」のレビューはこちら→https://naoazucar.seesaa.net/article/514659444.html

ドラマ「蓮花楼」を観て原作を読んでますが、日本語出版されるのが遅くて間延びしています。「蓮花楼1」を読んだのは去年の4月。この「蓮花楼2」が出版されたのは去年の11月末で今やっと読むことができました。出版されたことに気づかなかった。

「蓮花楼2」
①第一章 名医の集結
名医が大富豪の金満堂の屋敷、元宝山荘に集められ、薫羚が亡くなり後を追うように主人の金満堂が亡くなった事件を解決する話。
2本刃が折れてる翡翠でできた櫛が鍵となり、隠し部屋を探す。「泊藍の頭蓋」で酒を飲めばどんな病気も治り毒に侵されない体を手に入れられるという噂から、薫羚から預かった「泊藍の頭蓋」を手放したくなくなった主人の金満堂。しかし寸白の病(体に寄生虫がいて卵を産み、最悪命を落とす)に掛かっている使用人金元宝は自分の病を治したくこの頭蓋を手に入れるため、薫羚が持ち逃げしたと金満堂に思わせたく、煙突から遺体をひっぱり木に針金を張り隠した。しかし金満堂は薫羚が漂ってる姿を見て卒中を起こし亡くなる。犯人は薫羚のほかに「泊藍の頭蓋」を奪った公羊無門で二人は捕まった。
それに対しドラマでは樹人症という皮膚が樹木のようになる病だった。表向きは金満堂の家の娘だったが実際は買われた女性が血を金満堂に提供していた。金満堂は彼女の生き血を飲むことで病を治そうとしていた。金満堂は陣の張られた部屋で亡くなったし、薫羚は監禁され通気口のようなところから食べ物をもらい生きながらえ、通気口からの煙を吸って亡くなっていた。「泊藍の頭蓋」も花瓶にしてカモフラージュされていた。
ドラマのほうがインパクトあったかも。関河夢の代わりに義妹の蘇小傭が医者に成りすましていたことは同じだった。

②第二章 観音の涙
ドラマでは「観音の涙」を少年に化けた笛飛声が煕陵で奪ったシーンを映し出していたが、小説ではそのシーンはなく、肖紫衿と喬婉娩の結婚式に10年間行方知らずの笛飛声が突然現れて「観音の涙」を直接置いて行ったことだけが述べられていました。しかもその中身は空の薬瓶であったと。
また喬婉娩の描写は「端正で気品ある顔立ち、華やかでないものの穏やかで清らかな美しさ」と書かれ、彼女は「何度も自ら命を絶とうとしていた」と。結婚式の宴で李蓮花は方多病の叔母の何暁鳳に迫られたり、結婚祝いに喜糖と言われる飴を持ってきて周りの人からケチだと白い目で見られたり(ドラマでは思い出の飴でいいエピソードだったのに)、肖紫衿に李相夷だとすぐに見破られすんなり話したり(ドラマでは肖紫衿に最後まで正体がわからなかったはず)、ほかの人へ自己紹介として「父母は亡くなり双子の兄、蓮蓬がいて、妻一人妾一人も治療費が払えず病で亡くなり、それ以来10年間一念発起して医術を学んだ」と言い(双子の兄がいることだけはドラマでも言っていた)、また掃除好きの李蓮花が描かれていること、墓の前で李蓮花は喬婉娩と会いすぐに李相夷と認め話をすることなど微妙にドラマ設定と違う感じでした。
角麗譙が喬婉娩と蘇小傭を襲い、喬婉娩は李蓮花の楊州慢により李蓮花が肖紫衿にお使いに行かせてる間にすぐ治し、蘇小傭が傷つきその後命を取り留めたものの唐恵荷と角麗譙に殺されてしまいました。小説では蘇小傭を殺した犯人捜しの謎解きも述べられていた。
また角麗譙は「見目麗しいだけでなく、清らかでつややか、天性の気品と華やかさがある」との描写。ドラマでは各役者のイメージが意外とピッタリだと思った。

③第三章 穴
このエピソードはドラマにはなかったけれど、ここに出てきた一つの体に2つの頭を持つ結合双生児、翠玉を翡翠緑と間違えることは違うエピソードのドラマの中に出てきた。
穴の話は、集団墓地にぽっかり空いた穴を胭脂の商いをする阿黄と、武林の義賊の黒蟋蟀、そして李蓮花が探る話からスタート。ここには「黄泉真経」と言われる武功の秘伝書と黄泉府があると信じられていたが、見つけたのは牛頭と馬頭を名乗っていた結合双生児の死体と、もう一つの死体。阿黄は行方不明、黒蟋蟀は亡くなり、李蓮花は怪我を負う。使用人の厳福が夫人と恋仲になり夫人が主人の厳青田を殺し、厳福以外皆どこかに行ってしまい家は火事にもなったという話を李蓮花は店で聞く。この地域の川は毒されており、阿黄の夫人が来て夫の阿黄が溺れ死んだことがわかった。主人の厳青田は武功習得に欠かせない翠玉を、間違えて翡翠緑と呼ばれる猛毒の鉱石を使っていたため、武力も健康も容姿も損ない、それが納得できず使用人の厳福を殺し自分が成りすましていたという謎解きだった。

④第四章 女宅
女宅の主人玉楼春が李蓮花、施文絶など何人かを宴に招待する。主人の玉楼春がバラバラの死体となって発見され金目のものが無くなっていた。招待された舞踊の名手の慕容腰と詩人の李杜甫が犯人で逮捕され、女宅の舞妃の赤龍も金庫10年となる事件。
汁物にはこん睡を引き起こす曼荼羅華が入っており、招待客には汁物を飲ませてぐっすり眠らせた。酒飲んだ玉楼春は毒蛇にかまれ亡くなり、金塊の重さを使って遺体を切断していた
ドラマでは方多病がいたが、彼の代わりに小説では李蓮花の近しいものとして施文絶が出てる。ドラマでは女宅で働く女性たちは皆解放されたが、小説では赤龍のみ禁固となった。

⑤人皮刺繍
人間の皮の表面に刺繍糸で図案が縫い込まれ、それが新婚初夜のベッドに残され夫が失踪した事件。犯人は夫で、花嫁衣裳を着て別れた妻を待機し侍女に扮した元妻の腹の皮をはぎ取り、蝋燭に穴をあけて遺体を詰め、夫は元妻が着ていた侍女の服に着替え出ていく。李蓮花や方多病は刺繍の模様の意味を読解し、玉華山に行き成日輦(毒キノコを乾燥させたもの)と金をこの元妻がたくさん所有していたことを知る。この元妻は角麗譙の母であり、角麗譙から金庫をもらっていたことがわかった。
ドラマでは方多病の叔母の何暁鳳が結婚したことになっていたが、小説では方多病の遠縁ということになっていた。しかもドラマでは夫が女性で同性愛者の結婚だったけれど、小説は全く違う話になっている。人皮には刺繍でなくタトゥーだったし。でもいずれにしても人皮に刺繍でもタトゥーでも結構衝撃的だった。

あと2冊出版されるらしいが、出版にこんなに時間がかかるものなのかと思う。中国翻訳者が不足しているのかな。

ヨシモトオノ 静かなひとりごと 富士山 ギリシャ語の時間

最近まで読んでいた本です。


「ヨシモトオノ」(吉本ばなな)の表紙がおどろおどろしいから、怖かったらいやだなと思いながら読みました。でもそれほど怖くはなくあっという間に読めました。アパートに住んでいた霊が大家さんを救ってあの世へと言った話や、両親と一緒に出掛けた旅行で天上の木目から人の顔が見えて気になって部屋を変えた思い出を今両親亡き後思い出してすべてをひっくるめて懐かしく思ってる話などなど。13編の短編からなっていました。

ヨシモトオノとは吉本ばななの遠野物語ということらしい。「日常を生きてる中で確かだったはずの世界に裂け目を見た。これは結果として長い目で見たら、人生に少しだけ光を与えることになった。そういうものであってほしい」と著者が書いてます。確かに最後には光が見えていました。だからほっとして何かが癒される。そういう彼女の文章が好き。


「静かなひとりごと」(銀色夏生)は水と大気をテーマにした写真と共に、銀色夏生が日常でつぶやいた言葉が集められています。共感することが多くて、私が思っていることそのものが書かれてあったりすると、とっても嬉しい。つれづれノートに時々書かれているハッとするような言葉を集めたような本です。以下、共感したものを一部抜粋。

「心をゆらすもの、驚かせてくれるものを、ひとり心の中で面白がっていたい。ぎりぎり最後まで」

「……選択するということは大げさに言うと夢を叶えてるということ」

「今いる環境の中でできることの中で一番したいことをする」

「人は自分でうすうす思っていたけど言葉にしていなかったことを外から聞くとハッとする。人の言葉に安心したり、感動したり、腑に落ちたりするのは、もともと自分の中で無意識にずっと思っていたから」

「世の中の価値観と自分の価値観が違う時にはひきずられないように。どちらも同時に認めつつも、自分の方を尊重しよう」

「幸福を計るのは自己満足度。自分がどれくらい満足できているか。何に幸せを感じているのかを突き詰めていけば、他人のことが気にならなくなる」

「頭でいろいろ考えるよりも現実の世界で体験したい」

「人でも物でも、出会うものには出会うんだから、ことさら無理をすることはないと思う。……必要なものはちゃんと届くし、出会うものには出会うし、知るべきものは知ることになる」


富士山(平野啓一郎)短編集。5つの話がそれぞれ面白かった。

「富士山」~アプリマッチングで知り合った男性と新幹線に乗ったが、反対車線で女児が手でSOSを発信。それを見つけて居ても立っても居られず女性はその女児のところへ。しかし男性は降りてこなかった。それをきっかけにその男性とは別れるが、何年後かに無差別殺人事件で小学生を庇って亡くなったその男性のニュースを見る。

「息吹」~自分がその男性の本性を見抜くことができなかったのかと、新幹線に乗って男性と行くはずだったその旅を辿る話。他にかき氷屋に入らずマックのコーヒーを飲んだおかげでがん検診の話を聞き、自分でも検診を受けて命拾いしたが、そのうち実はかき氷屋に入ったことの記憶が勝り自分が死に向かっているパラレルワールドへと行ったり来たりする話。

「鏡と自画像」~無差別殺人を目論んでいたが、昔の中学の美術の先生が雑誌インタビューに載っているのを見て、その先生からドガのポスターをもらい会話していたことを思い出す。別の人による無差別殺人事件が起き、リーマンショックが起き、東日本大震災が起きて、もうやる気を失いその計画を放棄した話。

「手先が器用」~祖母に手先が器用と言われ、褒め下手の母にも祖母亡き後褒められ、今は自分が娘に手先が器用と褒めてる話。

「ストレスリレー」~アメリカから一時帰国する男が抱えた些細ないらいらが、蕎麦屋の女の子の店員を叱り、その店員の話を聞いた母親にストレスが引き継がれ、同窓会の連絡を無視し、連絡係は愚痴を友人に話し、その友人は大学教授のXへの書き込みで憂さを晴らし、大学教授は編集者へのメールで怒りをぶちまけ、編集者は夫に文句を言い、夫はタクシーの運転手に文句する‥‥。そして行きつく先はルーシーというアルバイトでカフェの店員。彼女はそのストレスを引き継ぐことなくストップする話。

どれも面白かった。短時間で読めて満足。


ギリシャ語の時間(ハン・ガン)。韓国のノーベル賞作家の本。読書好きな上白石萌音が何かの番組でこの本を読むのが楽しみと言っていたので、読んで観ることにしました。

目が徐々に見えなくなり、ドイツに昔住んで女性と恋愛しその女性が亡くなり、弟と手紙のやりとりをし父との確執があるギリシャ語講師の男性と、「生まれてこなかったかもしれない」と周りから言い続けられ、子供と暮らしているギリシャ語講座の受講者の女性の話。男性が怪我をし女性が助けてより接近する。

文章が時に詩になり、行間が通常の時もあればたっぷり取ってる時もあり、こちらの読んでるリズムが変わるのが面白かった。あらゆる言葉がどっと押し寄せ襲ってくるように感じる時があり、その語彙の豊富さを感じた。ただ私にはちょっと難しく理解不能なところもあり、読んでてあまり楽しさを感じなかったのが残念。代表作の「すべての、白いものたちの」「菜食主義者」を読めばちょっとは違ったかなともと思った。

至福のとき 四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて 古事記物語 つれづれノート47

つい最近まで読んでた本です。


チャン・イーモウ監督の「至福のとき」もノーベル文学賞作家の莫言の原作と知り、「赤い高粱」に続き読んでみました。この本には「至福のとき」の他、「長安街のロバに乗った美女」「宝の地図」「沈園」「飛蝗」の中短編も入ってました。「至福のとき」は本を読んでびっくりでした。どこにも盲目の少女のことが書かれていず、従って盲目少女との交流のエピソードなど皆無で拍子抜けしました。映画の肝は中年男と盲目少女の交流なのに、それが書かれていない。書かれていたのはあと一か月で定年という男がリストラに遭い、自ら街に出て色んな物売りを見ながら今後のことに思いを巡らし、人工湖のそばの森でおんぼろバスを利用してカップルたちに休憩場所を提供して生活費を稼ぎ始め、バスの中に入ったカップルがなかなか出てこないことに気を揉む話でした。その中年男が映画にも出てくる主人公に間違えないのですが、メインとなる盲目の女の子も太っちょの結婚したい女性も出てこない。

時々私は映画やドラマを観て、気になると原作本を手に取って読むのですが(「かもめ食堂」「大聖堂」「カラマーゾフの兄弟」「戦争と平和」「大地」「ヘルプ~心がつなぐストーリー」「世界にひとつのプレイブック」「活きる」「赤い高粱」(映画名は「紅いコウリャン」)などなど先に映画やドラマを観て後から原作を読みました)、この「至福のとき」ほど映像と原作がほんの一部しか描かれていないものはないと思いました。大抵映像を補ってくれるものとして原作がとてもいい役割を果たしてくれてすごく満足するのですが、それがなくて微妙に残念でした。

他の話は、「長安街のロバに乗った美女」~黒ロバに乗った美女と白馬に乗った男を街中でたくさんの人が追いかける話、「宝の地図」~幼馴染に偶然会い入った餃子屋の老夫婦から宝の地図をもらう話(宮中の宦官を匿ったお礼にもらった地図で宝物箱には野性の朝鮮人参を食べた虎髭が入っている~これをつけると人の正体がわかってしまう)、「沈園」~大雨の中北京にはない沈園の代わりに円明園=清朝の名園で廃墟になってるを男女が訪ねる話、「飛蝗」~イナゴやバッタの襲来に遭った時代、兄弟が女性を奪い合っていた話。どれも都会を舞台にしてますが、おとぎ話みたいで「宝の地図」が一番好きでした。


村上春樹の2つの短編、「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」と「鏡」が台湾の人気イラストレーターのイラストと共に描かれた本。1983年に既に出版されてる「カンガルー日和」の中からの2編。
「カンガルー日和」も読んでるはず。だけどすっかり内容を忘れてる。

「四月のある晴れた~」は少年と少女が出会い、お互いを自分にとっての100パーセントの男の子、女の子だとわかり楽しい時を過ごした。お互いが100パーセントであるならば一度別れ離れ離れになっても再会するはず、その時にはすぐに結婚しようと考え、別れてしまう。しかし次に10年とか15年経って出会った時にはお互い声を掛けることもなく、お互いがすれ違ってしまう、という話。出会ったタイミング。それを逃すと後戻りできない。切ないけれど、これは人生にありがちなことだなあと思う。好きな話でした。

「鏡」はバイトで学校の夜間警備をした人の話。見回りしたとき鏡に自分の姿を見た話。でも鏡の中の自分が自分でないと本能的に思った。翌朝その鏡がある場所に戻ると鏡はなかったという話。怖い話は苦手なので、これから暗闇で鏡をますます見たくないと思った。


今まで読んだことのない古事記。読みにくくて難しいものだと勝手に思い込んでいて敬遠していたのですが、この本は現代の言葉で物語のように綴っているため、とっても読みやすくあっという間に読めました。知っているお馴染みの話もたくさん載っていました。黄泉の国でのイザナミとイザナギの話、天岩戸に隠れてしまったアマテラスの話、追放されたスサノオが八俣の大蛇を退治して草薙の剣を手に入れた話、因幡の白兎の話、海幸彦と山幸彦の話などなど。スサノオの子孫のオオクニヌシからアマテラスは国を譲り受け、たくさんの神様が世代交代しながら初代の神武天皇が生まれ、その後の主だった天皇の話が書かれています。

神様たちはまるで人間。中国ドラマの仙侠ドラマに出てくる神仙たちみたい。とっても人間的だし行い自体が人間臭く人間世界にいる人間と変わらない。兄弟から嫌がらせを受けたり殺されたり、殺したり。結婚相手に美しい神様を選んでみたり。それが面白い。
そして天皇も色々いて、たくさんの天皇の名前が出てくるけれど10代崇神天皇、11代垂仁天皇、ヤマトタケル(天皇でないけれど12代景行天皇の皇子)、16代仁徳天皇、21代雄略天皇のエピソードに触れてます。神様と同等に書かれてるので天皇も神様みたいに思える。物語として面白かったです。


ずっと読み続けてるつれづれノート。今回は実験という言葉を使ってる。「今一人になって、100%好きなように生きるとどうなるのか実験している」「ものをすぐに買わない実験」「食べること、生活様式、人との距離、どれもこれも実験中」と。そして「その成果も特にすばらしくなくていい、すごくなくていい」と。相変わらずの日々の庭の手入れ、庭からの野菜の収穫物、それを使っての料理、温泉に入りに行って、藤井聡太の出る将棋を観て、映画を観て、ときどき子供のサクやカーカの帰省があり‥‥といった生活は変わらない。今回はグレーヘアにも挑戦してたけど戻したみたい。

私が観たことのある映画も銀色さんがいつものように観ていた。「aftersun/アフターサン」「セブン」「シャッターアイランド」「ミッション:8ミニッツ」「(500)日のサマー」「インターステラー」「マイ・インターン」「キャッチ・ミー・イフ・ユウ・キャン」「オデッセイ」「PERFECT DAYS」「ブリジッド・ジョーンズの日記」「15年後のラブソング」「パリの調香師」…。彼女は忘れてしまって2回も観てる映画もあるみたい。そして今回はいつもよりたくさんの映画を観ていて、私が嫌いなホラーやスリラーが多かった。知らない映画名もたくさん書いてありました。でもホラー系には全く食指が動かない私だなあと思いました。

「伏線を知っているのもそれを回収できるのも自分だけ。自分にしかわからない。だから人の意見を聞き過ぎないように」
「リタイア後から死ぬまでの期間が本来人として最も幸福な時期でなければいけないのではないか」
「人には自分が持っているものと持っていないものがあって、持っているものに価値を見出せば幸せを感じる。持っていないものに価値を感じれば不幸である」

時々書いてあるこれらの言葉に頷きつつ、お気軽に読めるつれづれノート。これからも出版される限り読み続けたい。

両京十五日2 天命

最近読んでた本です。


「両京十五日1 凶兆」に続いて「両京十五日2 天命」を読みました。

呉定縁を置いたまま淮安から兗州へ向かう3人。しかし済南に呉定縁がいるはずと読み、途中済南に寄って呉定縁を救うつもりの太子と蘇荊渓、そして臨清にいる太子の母方の叔父、張泉に会うつもりの于謙の二手に分かれることにした。一方連れ去られた呉定縁は白蓮教の仏母と言われる唐賽児と話をしていた。呉定縁の本名は鉄福縁といい、本当の父は鉄鉉で朱棣(3代永楽帝)と争い殺された武将だったと知る。父だと思っていた呉不平は本当の父ではなかったが、呉不平は白蓮教に殺されており、ずっと白蓮教に復讐をと思ってきたがここにきて朱家に復讐すべきかと混乱した。本来なら白蓮教に入り太子に復讐すべきなのかもしれないが、そんなことはしたくないと思う呉定縁。その時官軍が白蓮教を襲撃し、昨葉何や梁興甫、唐賽児、唐賽児は逃げる。呉定縁の妹の呉玉露は白蓮教に洗脳されていた。唐賽児を殺して因果を終了させよと言われ本当に胸を刺してしまう。

一方太子は山東省の指揮官の斬栄に会いに行くが、斬栄に捕まってしまう。その時太子は「叛逆者か誰かわからぬ以上、いかなる人の前でも身分を明かしてはならない」と常日頃言っている于謙の言葉が身に染みていた。またこの時官軍が白蓮教徒をむやみやたらに殺傷しているのを見て罪なき者を殺していることに激怒していた。蘇荊渓と呉定縁は太子を救うため、白蓮教の梁興甫にお願いをするが立ち向かえないのを見て取り、官府に訴え軍を動かした。太子は再度肩に傷を負い、蘇荊渓の治療を受けた。

ここから徳州へ一行は向かう。山東郡司の騎馬隊長の高大為が追ってきたが、太子は自分の父方の叔父、漢王が敵であると知り悩み始める。太子は既に臨清にいる于謙、そして太子の母方の叔父の張泉と合流。太子は張泉と会ってホッとして涙を流す。張泉は京城のことを語った。「陛下(朱瞻基の父、朱高熾=4代洪熙帝)は媚薬を盛られ体調おかしく何もできない状態にあり、漢王(朱高熾の弟、朱高煦)が加持祈祷を執り行い軍も待機している状態」という。漢王が帝位を継承できるのは、太子(朱瞻基)が皇帝に先んじ亡くなり、皇帝が後継者を指名できないときのみ。よって漢王は太子の死を望んでる」と。蘇荊渓は陛下の具合を聞き、蘇荊渓の友人の錦湖が嫁いだ李家から四逆回陽陽の薬が伝わり、陛下が動けない体になったのではないか」と疑う。蘇荊渓は友人の錦湖と共に作った薬だったが、良くない薬と判り公にはしないでいたものだった。

張泉の用意した舟はたくさんの荷物を甲板に積んでいたが、水門突破の時にその荷である青煉瓦を海に投げ出し成功した。漢王の息子、朱瞻域は火薬を砲身に詰めて点火すると、蘇荊渓の部屋を石がつき抜け蘇荊渓は水中へと放り投げだされる。太子も呉定縁も彼女を助けるために海の中へ。太子は呉定縁が蘇荊渓のことを好きなら自分はきっぱり諦めるが、もし彼が彼女に興味なければ自分は彼女を入内させて妃に迎えたいと思い始める。しかしどうやら蘇荊渓も彼女のことが好きなようだった。呉定縁に助けられた蘇荊渓と呉定縁はいい雰囲気になっていた。

6月3日まで到着が難しいかもしれないと考え、一足先に呉定縁と昨葉何が馬で京城を目指すことにした。何としてでもその日までに朱瞻基が生きていることを伝えなければならない。呉定縁たちは白蓮教徒の周徳文に京城に入るのを手伝ってもらい、宦官の阮安に張泉の手紙を届けた。京城は大雨で洪水となり水浸しであった。城壁も崩れ民家も押しつぶされていた。建築に詳しい阮安の案内で水中通路を通り紫禁城へと入った。宮中の宦官、海寿の話では「5月24日に陛下が崩御」「先帝の葬儀をしたお方が帝位継承の名分がある」のだが「皇后が漢王を拒否し、太子不在のため他の息子、越王と襄憲王のどちらかを選ぼうとし、3人が横並びになった」という。

舟に乗っている呉定縁は皇后の元へ向かい「太子は生きていてもうすぐ戻って来る」と告げ、太子の手紙と皇后が秘密裡に太子に宛てた手紙を証拠として渡そうとすると、呉定縁の右手は漢王の息子、朱瞻域の矢に射やられ、手紙の入った魚筒が水の中へ入ってしまう。手紙が読めなくなってしまうと、呉定縁は太子の命を狙った殺人犯であり、皇后の命も狙ってる白蓮教徒であると言われてしまう。舟に乗っている先帝の棺に飛び乗った呉定縁は洪武帝(明の初代皇帝)と永楽帝(3代皇帝)の位牌を心臓の前後に括りつけ、これ以上矢で射やれないようにし、そのまま太子を迎えにいく。これは前もって教えてもらった蘇荊渓のアイディアであった。途中お上が何もしてくれないと庶民が堤防代わりに作った壁を通っていく。追手の朱瞻域が司天台に迫ってきたとき、梁興甫が現れ朱瞻域と戦うが梁興甫は亡くなってしまう。その後太子が来て、捕まった呉定縁を放すように漢王と息子に話し彼らを逃がした。そして太子は皇帝になる。太子と呉定縁にはわだかまりがあり、于謙が昨葉何に協力させ呉定縁を逃がした。

呉定縁は昨葉何が預かっていた蘇荊渓の手紙を読むと、天寿山に行くと言い出す。宣徳帝(朱瞻基)も先帝と共に殉葬された5人の嬪妃の名簿、後宮の名簿を見て、天寿山に行くと言い出す。宣徳帝(朱瞻基)は既に、蘇荊渓の友人の王錦湖が本当は爬灰(バーホェイ)(息子の妻を犯すこと)をされもみ合いの末頭を打って亡くなっていたことを突き止めていた。また後宮の永楽帝と共に殉死した嬪妃に王景殊がいて、本籍、年齢、後宮に入った時期、嫁ぐ前に医術を学んでいたという経歴まで、この嬪妃が王錦湖と一致していることをも突き止めていた。この王家は顕彰され録を賜ったものの突如毒入り菓子で死に絶えてしまっていた。

蘇荊渓の復讐したい人とは朱卜花(嬪妃を殺したのは彼の部下)、張泉(王家が娘を宮廷に送ったのは景殊の父が彼の友人だったから)、朱瞻基の父(惨殺を座視)、母(後宮に彼女を送った)、漢王(礼法を行うよう後宮を脅す)永楽帝(臨終の遺命で一切は祖制に従えと言った、一切がここに始まる)だった。彼女は皇帝と共に嬪妃が殉死しなければならない制度に我慢がならず、その復讐を企てていたのだった。

呉定縁が火をつけ燃やす。于謙が宣徳帝(朱瞻基)を助け出し、呉定縁と蘇荊渓はそのまま火の中に。後に張泉の遺体が見つかったが、呉定縁と蘇荊渓の遺体は見つからなかった(完)

蘇荊渓が抱えていた秘密、復讐の中身が最後に明らかになりました。ドラマ「尚食」でも出てきますが、朱瞻基の祖父の永楽帝が亡くなった時に一緒に嬪妃も生き埋めとなっているのが怖かったのですが、それがこの本のテーマのひとつでもありました。著者による「物語の周辺について」がとてもいい解説書になっているのですが、洪武帝(初代)の時は46人の妾と後宮の女官が殉葬、永楽帝(3代)の時は16人~30人(資料によって違う)、洪煕帝(4代)の時は5人、宣徳帝(5代)の時は8人~10人が殉葬されたと。その後正統帝(6代、8代朱瞻基の長男、朱祁鎮)の時に殉葬を禁止してこの伝統は消滅したものの、まだしばらくは王侯貴族の間では続いていたといいます。

朱瞻基の父、洪煕帝は即位して1年くらいで亡くなってしまい、その死因は「陰症」だと言います。これは「肥満体型で心臓に疾患を持ち、性行為過多により薬物の助けを借りていたため、突如深刻な結果を招いた」とのこと。また朱瞻基は祖父の永楽帝と共に戦場に赴いていたため、「すこぶる判断力に富んでいた」こと、「叔父の漢王を自分を殺そうとしたにも拘わらず厚遇していたが、またも反旗を翻した漢王を監禁した際、漢王は足を伸ばし朱瞻基を顔から転ばせてしまったため、朱瞻基が釜の中で焼き殺した」という。朱瞻基は建設途中の祖父の墓と急死した父の墓の2つの墓を建設しなければならなかったこと。また当時地震が30回以上も南京で起きた史実があり、南京へ遷都しようと思っていた洪煕帝は息子の朱瞻基に南京に向かわせて南京の安寧を図ったという。北京の洪水被害も酷かったらしく、この小説がかなりの部分で史実に基づいて描かれていたこともわかりました。

ミステリー感はやや弱めに感じたけれど、冒険もの、歴史ものとしては十分堪能できました。ちょっとした歴史の勉強にもなったし、冒険ものが大好きなので縁があって読めて良かったです。あとはチョン・イー(成毅)のこのドラマの完成を待つばかり。またチョン・イーの待機ドラマがたくさんあり「赴山海」がやっと9月10日から始まるとの情報も出たのでそちらも楽しみです。

両京十五日1 凶兆

最近読んでた本です。


チョン・イー(成毅)の次期ドラマは「両京十五日」でこの8月下旬くらいからクランクインするとのニュースがあり、この原作本は日本語で既に2024年に出版されその年のミステリー海外部門1位作品とのこと。読んでる人がこぞって面白いとの感想を書いているので、私も読んでみることにしました。歴史もの、冒険もの、ミステリーものです。2巻で1000ページ。その上1ページは上下段に分かれていて、かなり読みごたえあり。でも面白いのであっという間に読んでしまった。ワクワクドキドキが止まらず、エンタメ度が高くて楽しいことこの上なかったです。

主役が明の皇太子、朱瞻基(後の5代宣徳帝)なのでシュー・カイ演じたドラマ「尚食」を思い出し、また朱瞻基の祖父である朱棣(3代永楽帝)の話もよく出て来るのでドラマ「永楽帝~大明天下の輝き」を思い出しました。永楽帝の若き日々をチョン・イーが演じていたので、その部分だけを観てました。また一昨年三国志に嵌ってドラマや小説、漫画と色々読んだのも役立ちました。この本には三国志にまつわることや、故事成語、詩文など色々出て来て格調高くも素晴らしかった。日本も漢字文化圏であって良かったなと思えた本でした。

大まかなあらすじは1425年の明の皇太子、朱瞻基が遷都を望む皇帝に命じられ、南京へ遣わされるも皇太子の乗った船が爆破され命が狙われる。その後皇帝が危篤との連絡が入って、皇太子は南京脱出を図り北京の紫禁城を目指す。その時一緒に同行したのが、切れ者の捕吏の呉定縁、才気に満ちた下級役人の于謙、秘密を抱えた女医の蘇荊渓。15日間の間に戻らなければならない期限付きで果たして無事戻ることができるのか?というストーリーです。タイトルの両京とは南京と北京のことだったのだとわかりました。

以下、多少細かなストーリー展開をまとめてます。

爆破により太子が孤立無援となり于謙は心配し、追いついてみると皇城から脱出するため水路を泳いでいる際に肩に矢が当たっていた皇太子。
呉定縁は太子を救ったもののあまり関わりたくないと思っていて、手伝うのなら銀子をよこせと請求。騎馬を管理してる朱卜花に、「(ある)肝を入れたものを食べさせて腫れものを作り、治療を装って外から内への疸毒へと誘導し殺す計画(続行中)」の女医の蘇荊渓も加わり、北京への旅が始まる。しかしそれは容易なことではない。

遊郭の琴の名手、紅玉に普段から通っていた呉定縁のつてでまずは彼女から琴を借り、琴を愛でる老龍頭に太子は琴を弾き逃げ道を案内してもらう。その時、白蓮教の梁興甫に命を狙われ呉定縁は捕まってしまうが、書庫にいた太子と于謙は書庫に火を放ち、呉定縁を救助して舟に乗り込む。しかしその直後今度は朱卜花やってくる。蘇荊渓の復讐のための治療だったと朱卜花はここで事実を知らされショックで水の中へ。蘇荊渓は気にも留めず舟に乗り込む。

「6月3日が吉日で即位するにはいい日。何としてでも15日間で北京へ」と于謙は皆に言う。白蓮教に妹を連れ去られた梁興甫は妹を連れ戻すために南京に居残りたいと思ったが、蘇荊渓の言葉「太子を助け北へ向かえば、白蓮教は妹さんを切り札に生かしておくはず」と言うのを信じ、梁興甫も行く。次なる舟を捜すも、賭博で大勝し楊州の大塩商から紹介状を手に入れるしかないと知ると、もとより闘虫(コオロギを缶の中で戦わせる)が好きな太子は勝ち、対戦相手の汪管事と意気投合するが、蘇荊渓は警戒する。蘇荊渓はかつての許嫁の父の郭純之に偶然会ったが、許嫁は太子が賭博をした元締め大塩商の汪極に殺されていた。太子と呉定縁は賊だと思われ、汪極の屋敷で水牢に入れられてしまう。太子はうまく水牢から脱出し、于謙と合流。呉定縁と仲良くなった鄭兄弟を助け、鄭兄弟により淮安まで案内してもらう。床下の秘閣に逃げた汪極は、呉定縁の機転で室内を水浸しにされ亡くなる。

淮安に到着すると、白蓮教の梁興甫が現れる。呉定縁は太子を逃がすため蹴り太子は海の中へ。すると太子は舟曳人夫に間違えられ、暴動にも巻き込まれる。親方の薛孔目や人夫の取りまとめ役の孔十八に太子は気に入られ、特に白蓮教徒の孔十八には香壇を継ぐように頼まれる。しかし太子であるとわかると、抜け道を教えてくれ、道中白蓮教徒に見せれば援助をしてもらえる銅蓮花を太子に渡してくれた。その間呉定縁は梁興甫に連れ去られてしまう。

次から次へとテンポよく様々なことが起きて物語は進行。とにかく面白い。あまり馴染みのない言葉に関しては括弧ですぐ訳者の説明がなされてあり、しかもこの著者は結構良心的でその後に説明を書いてくれている時もあり、とってもわかりやすい。朱瞻基(後の5代宣徳帝)や于謙は実在した人物で他2人は架空の人物。仲間となりつつある太子プラス3人のそれぞれの事情や関わりも面白くなってきたところ。冒険もののスリリングさが最も際立っていて、当時の街の様子やら食べ物やら人々の様子もうまく描いている。この続き「両京十五日2 天命」もワクワクしながら読みます。