世界中の社長に、「あなたが今一番欲しいものは何ですか
」とインタビューしたとき、ほとんどの人が「それは自由に使える時間
です」と答えてるという記事を目にしました。それと同じ時期、今度は新聞にひろさちや氏の「忙しいのは不幸
」という記事を見つけました。
「日本人は忙しいことを自慢
しているけれど、イタリア人に『お忙しいですね』と言うと必ず『不幸にして
』という答えが返ってきて、生活費を稼ぐために忙しいのは不幸
であって、自分のために使える時間をたっぷりもってあくせく働かないでおられる人が幸せ
」と載っていました。ひろさちや氏もその中で簡単に紹介してましたが、そこで思い出されるのは古代ギリシャの哲学者ディオゲネス
です。英語の教材でディオゲネスの話が載っていたのを思い出します。
ディオゲネス
はホームレスで樽の中に住んでいます。人々に少しの知恵
を授けて少しの食料
をもらい自由な時間
を満喫している人です。ある時アレキサンダー大王
が訪ねてきます。本当は遠征で来たアレキサンダー大王のところへ皆のほうから赴くのが普通なのに、ディオゲネスひとりはアレキサンダー大王のところには会いに行きません。しびれを切らしてアレキサンダーがディオゲネスのところを訪ねます。そして少しの話をしてアレキサンダーはディオゲネスに「あなたは知恵者なので何でもお望みの褒美
を差し上げます。何が欲しいですか
」と聞きます。するとディオゲネスは「欲しいものは、太陽
の光
。君が今、太陽
をさえぎってせっかくの楽しみを台無しにしてる。だから、一歩そこをどいて欲しい」とアレキサンダーに頼むのです。
また「世界の果てまで土地を拡大し、そのあと一体どうするつもりですか
あなたの究極の望みは何ですか
」といったような質問をアレキサンダーに投げかけます。アレキサンダーは答えます。「そのあとは自由な時間
を使ってゆっくり横になり休みます。あなたのように」と言うと、ディオゲネスは「それなら今やったらどうですか
既に私は毎日やってますよ」と答えるのです。そしてアレキサンダー大王は「生まれ変わったらディオゲネスのようになりたい
」と洩らしたらしく、言い伝えでは老齢のディオゲネスとまだ30歳代の若いアレキサンダーは同じ日に亡くなりました。
私が1993年~1995年の2年間世界一周をしてるとき、ボリビアで10年以上日本に戻らず世界旅行してる夫婦に会いました。この夫婦はその土地土地でヨガとか、チャランゴの楽器とか、スペイン語とか、自分たちのしたいことを旅を通して続けてる夫婦でした。
「自分たちにはたくさんの時間
がある。バックパッカーで時間にあまり縛られない旅をしてる旅行者も皆同じだろうけど、自由に時間をたっぷり使える
僕たちは、時間貴族
なんだ。すごく恵まれている
よね」
海外ではあんなにもゆったりと時間
が流れていた
のに、東京に戻ってくるといつの間にか都会のペースに巻き込まれ、いつものごとく凄まじいほどの速さで生活し、あくせくとしたペースで擦り切れている自分を見出します。それが幸せ
に感じられるならそれでいいのですが、私の場合はそれがストレス
の温床でした。
そこで何が自分にとって大切なのか優先順位をつけ、どうしたらハッピー
でいられるのかを考えました。そして旅先で会った夫婦が言ってた自由な時間
をたくさん持つ時間貴族
であることが何より代えがたいことと考え、仕事量を極端に減らしました。だから今は仕事も少し
、遊びも少し
、勉強も少し
というバランスを保ちつつ、今、楽しいことしないでいつする
という基本姿勢で生きてます。死に際の床で、「もっとあれをやればよかった、これをやればよかったと後悔する
ことはあっても、もっとオフィスで仕事をすればよかったと後悔する人など誰もいない」という言葉をいつも思い出すのですが、生活のための仕事は極力抑えて、自分のやりたいことに自由に時間を割ける
状態をできるだけ作れることが、私にとっての幸せ
です。
最も欲しいものは自由になる時間
と言ってる世界中のどこの社長さんよりも、既に余りあるたくさんの時間
を手にしてたディオニッソスやボリビアで会った時間貴族
の夫婦の生き方が、今や私にとって目指す道
。
時間貴族
こそがこれまでも文化、芸術を担う役割を果たしてきたと言われてます。
時間貴族
万歳
これからも胸張って「私は時間貴族
なのです」と言えるよう邁進します。





人に会っておもしろい
、おもしろい
にしていた節があります。


のモモというのが餃子のようなものであり、トゥクパというのがうどんのようなものであると知らなかったので)を聞いたのですが、
にお呼ばれし、その式の夜ダライラマ法王のフィルム
(ダライラマ関連は
から降りず「あなたひとりで見てきなさい。私は何度も見てる
からここで待ってるわ」と言ってバス
した、というような内容で、「満月には特別のパワー
しているからそういったことが起こるのかもしれません。しかし本当に侮れない
を差し伸べて喜捨
を迫るし、その手
だったり、鼻がない、手足がなくベニア板にコロコロの車だけつけてその上に短い胴体だけ乗ってたり、それはそれは初めて見たときのショック
と言ったらありませんでした。もちろん五体満足の乞食もたくさんいるし、子供連れのお母さん乞食もいるしいろいろなのですが、旅行者の間では、
してるんだよね」
というのです。
に乗り込むといろんな乞食も乗り込んできて「バクシーシ(喜捨を)
」と寄ってくるし、中には芸をやり始めそれで稼いでいる乞食もたくさんいました。
」と言った風なのです。
があってあまり細かい小銭はつき返してくるから、そんな小銭ならあげないほうがいいみたい」と言う感じでした。どうせ喜捨するならそんなはした金でなく、インド人の金持ちのようにちゃんとまとまったお金
です。この細い道はずっと続く限り乞食が並び、それはそれは圧巻
を一人一人の乞食に与えて歩くのです。
こういった人々を心から憎み毛嫌い

にもそれなりの理由がある、ということなのです。だからその意味では神は平等

、チベット人や世界中から来た人々に混ざって法王の説法を1~2週間受け
