インドのダラムサラ~チベタンとダライラマ法王と平和行進

1995年の冬、私はダラムサラに長居してました。

世界一周旅行に出かけてインドまでたどり着いたとき(日本を出発して1年3,4ヶ月経っていました)、何だか疲れてしまったので、居心地のいいダラムサラで一休みしようかなあ[揺れるハート]と思って立ち寄りました。

その間、幸いにもいろんなことがありました。

チベタンの正月の祝い。

それまで果たせなかったダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]との謁見。(なぜか法王の前に立つと、にやけて[わーい(嬉しい顔)]にやけて[わーい(嬉しい顔)]仕方がなったnaonaoでした。「タシデレー(こんにちは)[るんるん]」と言ったら法王も「タシデレー[るんるん]」とにこやかに挨拶してくれました。その1日はすごい至福状態[グッド(上向き矢印)]。やはり法王は観音菩薩の生まれ変わりなのでしょう。法王は海外に出かけてることが多いのでチベタンの新年の時期に行くと謁見のチャンスが大[ぴかぴか(新しい)]です)

ダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]による一週間にわたる説法。(世界中からたくさんの人々が集まってました。ラジオを持っていくとダライラマ法王がしゃべっているチベット語が通訳され、英語や中国語できけました)

ハリウッドスターのリチャードギア[ぴかぴか(新しい)]を何度もダラムサラで見かけ・・・。(でも普通のおじさんで小柄だった。背がすごく低かった。何だかがっかり[失恋]

そしてチベタンのお坊さんによる仏教講座とチベット語講座の受講。(当時は文字も読めたけど、今はダメだなあ)

ティパ(チベタン民族歌劇団)による歌劇鑑賞。(何度も見てますが、素敵[ハートたち(複数ハート)]です)

そして毎年恒例となっていたチベタンの平和行進に参加。

今日はそのうちの平和行進の模様を。

こちらは決起集会↓。中央2階にダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]がいらっしゃいます。

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こちらもお姿が小さいけれど、ダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]↓です。

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良く晴れてました[晴れ]↓。

ダライラマ

集会が終わり、ダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]自らが先頭にたってこれから平和行進します↓。

ダライラマ

こちらのお坊さんたちもこれから平和行進するところです↓。

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女子学生たちの平和行進↓。

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チベタンのおばちゃんたちも[かわいい]↓。

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人々がありんこのようです。たくさんのチベタンがこの平和行進に参加してます。この平和行進の先頭にはダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]自らが歩いていました↓。

人がアリンコみたい

列はどこまでも連なります。

アリンコみたいな人

この日はこんな風に平和行進するたくさんの人たちがいますが、最後はこういったお坊さんたち↓や、若者だけが残って、翌日も、またその翌日も・・・といった具合に何日間かかけてずっとデリーを目指して歩きます。当時目的地がデリーでしたが、「いつの日か平和行進の最終目的地をチベットラサまでにしたい[手(チョキ)]」と皆口々に言っていました↓。

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この日の食事[レストラン]、休憩、寝床となる場所↓。私も1日参加して歩き、この日はここに皆と野宿して、翌日にはダラムサラにまた戻りました。

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この平和行進は毎年3月の恒例行事になっていて、今年はより大規模な平和行進になったのだと思います。

早くチベタンに平和[かわいい]が訪れますように。合掌[手(パー)]

インド ダラムサラ

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おまけ:

隅田川の桜です。桜橋、言問橋、吾妻橋の辺りは隅田川沿いに桜がきれい↓です。

ずっと隅田川の両岸は桜です。
台東区側の桜。グランドの近く↓。
ほぼ満開[かわいい]です。
桜橋では、かもめがたくさん!!小学生の投げるえさに食いついてました↓。
すさまじい光景でした。
この日はうす曇り[曇り]でしたが、こういう天候の中で桜を観るのもまた乙なもの[かわいい]でした。
[かわいい]
[かわいい]

桜橋

インドのダラムサラ~チベット亡命政府のあるリトルラサといわれる場所

何日か前から始まったチベットラサでのチベタンによる暴動、中国側の弾圧、それに追随するように中国四川省、甘粛省、青海省、ネパール、インドなど拡がりを見せるチベタンのデモ、中国政府の死傷者の発表とインドダラムサラの亡命政府の発表の食い違い、中国側が外国メディアをシャットアウトするなど、かなりチベット問題がクローズアップ[目]されています。 

旅行記も今こそ、そのチベットやチベット文化圏を書くべきだなあと思い、今日からはインドのダラムサラを紹介していきます。

インドのダラムサラは、ダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]がお住まいになるチベット亡命政府のある場所です。リトルラサとも呼ばれてるようですが、寺などの文化的遺産はたとえ中国側にさんざん破壊されてきたといっても圧倒してラサのほうが素晴らしいので、インドのダラムサラを見て決してチベット文化を語ることなかれ。ラサに行かれることを是非お勧めします。

チベット文化圏が大好きな私は、これまでダラムサラに4,5回訪れています。ダラムサラは首都デリーからバス[バス]で10時間ほど。1800mの標高で結構涼しいところです。

初めてダラムサラに行ったのは1990年でしたが、それ以来インドに行くと[飛行機]必ず寄るようになり、3ヶ月以上長居したこともありました。同じモンゴロイド、そしてカメラ[カメラ]を向けると恥ずかしいと逃げてしまうような感性、ろうそくを消す時には息をかけずに手を振って消すようなそんな日本人に似た感性がすごく心地よく、いくらでもここにはいられる[ハートたち(複数ハート)]と思いました。

朝晩地元のチベタンの人々は必ず手に数珠やマニ車を持ちながら、マントラである「オムマニペメフム」と唱え、ダライラマの住む住居の周りを大きく回るように山道を回ります。私も一日に一回は一緒になって回っていました。

こちらはオムマニペメフムと書かれた石↓とタルチョ(祈願の書かれた旗)。

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地元のおばあちゃんやおじいちゃんもこんな風にコルラ(巡回)してます。

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木々がたくさんあるので気持ちがいい[かわいい]です。

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 こちらはダライラマ法王[ぴかぴか(新しい)]のお住まい近くにあるナムギャル寺院内↓。

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中央に飾られてる筍みたいな形のものは、ツァンパ(麦焦がし)でできたご供物で、法要の間飾られあとは皆に配られ食べられます[レストラン]。飾りとしても美しいです↓。

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ナムギャル寺院のご本尊↓。

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次から次へと地元の参拝者が訪れます↓。ちょうどこの時は仏様のお祭りの時期で、僧侶によるプジャ(お祈り)も多く行われました。写真[カメラ]を撮ったのはそれが終わってから。

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小豆色の袈裟と小豆色の長い座布団↓。僧侶はここに座ってお経を唱えます。

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タンカ(仏教絵画)がたくさん飾られる本堂内↓。

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砂曼荼羅↓が作られ、祭りの間飾られてます。祭りが終わるとすぐに壊されてしまいます。手前のご供物もツァンパ(麦焦がし)による手作りのご供物。

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こちらはダラムサラの宿の屋上に登って↓。下を歩いてる通行人に小石を投げて遊んでたここの宿の悪ガキたち[雷]ですが、もう18年前の写真なのでこの子供たちも大きくなったでしょう。チベタンと日本人はすごく似てるので、この子たちが日本人と言ってもわかりません。

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屋上からの眺め↓。向かいの建物はBookwormという本屋さんでした。右側の建物はケーキとチャイ[喫茶店]がおいてある喫茶店[家]です。街自体が小さいので、店屋も数件しかなくて旅行者にとっては居心地良い[黒ハート]ところでした。

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道の両側に並んで座ってるのはインドの乞食たち↓。チベタンがお金をあげたり、食事[ファーストフード]を与えたりする功徳を積むのにこの日がいい日とされることを、インド中の乞食たちが知っていて、ここに集まってきていました。一般のチベタンは1ルピーの小銭を端からひとりひとりの空き缶に入れたり、また食べ物[ファーストフード]をひとりひとりの器によそって与えます。延々と乞食たちが道の両側に座っているので、これまた圧巻な1日でした。

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ダラムサラの上のほうにあるバクスナート。大粒の雹[霧]が突然降ってきました。その後には美しい虹が見られました。

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はやくチベタンの人々に平和[ぴかぴか(新しい)]が訪れますように。合掌[手(パー)]

インド ダラムサラ

チベット医学

インドのダラムサラには4,5回訪れています。この地はチベット亡命政府、ダライラマ法王のお住まいのある場所で、インドと言えどもチベタンがたくさん住んでいるチベット文化圏です。

ダラムサラで会った旅行者3人がまとまって肝炎になったとき、チベタンのお医者さんのところに行って診てもらっていました。汚い食器から肝炎は簡単にうつり抵抗力が弱まってると発病するので、インドなどのアジアや中南米でもかなり流行ってる病気です。私もペルーで感染しボリビアで発病、チリで養生してました(関連記事はこちら)が基本的に肝炎(A型です)は栄養取って寝ていれば治ります。黄疸が出きってかったるさが軽減してもなお、最低一ヶ月は寝てることが大切です。それを知らない昔の旅行者はかったるさがなくなるとすぐ旅行を開始し、命を落としていたドクロ、と話を聞いたことがありました。

肝炎にかかった3人は、肝炎であると判断されたらチベタンの医師から丸薬をもらってきました。その丸薬はサンゴ宝石赤、トルコ石宝石ブルー、真珠宝石白からなる丸薬で、必ずその丸薬を飲む前には教えてもらったお経キラキラ(薬に書いてあるお経キラキラ)を唱えてから飲まなければならないのです。でもちゃんと治りました。「やはりお経キラキラの威力もあったんじゃないか」3人のうちの一人がそう言ってました。

唱えたお経キラキラは違えども、チベット文化圏に行くとよく目にするのが左の写真のような石に刻んだマントラ(真言)。オムマニペメフム。日本で言ったら南無妙法蓮華経キラキラみたいなものです。チベタンはこのマントラを唱えながらマントラのたくさん入ったマニ車を回しつつコルラ(巡礼)してます。

また白血病ショック!にかかって、日本では半分医師にさじを投げられてしまった親子がダラムサラにやってきました。小学生の子供が白血病ショック!でした。あまりに病状が深刻なので、まずは占星術でその子の生まれを見て、前世でどんなことをしてきたのかカルマを見て、それからそのカルマを少しでも軽くするプジャ(お祈り)メラメラがお坊さんたちによって取り仕切られました。たくさんの供物バナナが捧げられ、食べ物お茶が振舞われました。

「この子は前世でたくさんの人を殺し、動物おうし座も殺してきたので、その報いを受けるために白血病になりました。だから今も昆虫てんとうむしなどを平気で殺す残忍さを持ってます。少しでも命を長らえたいなら、歩いているときに蟻さえも殺さないように、歩かなければ足あとなりません」

お母さんはそう言われました。確かにその子は平気で昆虫てんとうむしは殺す、蟻も殺す、それも喜んでそういったことをしてきたのだと言います。そしてそう忠告されお母さんが注意しても、子供は一向に止める気配がありません。その子がその後どうなったのか知る由もないのですが、病気にかかった原因を前世にまで求め、そこでお経キラキラをあげ、今在る状態を直すように忠告される、というのはチベット独特宝石紫のものかもしれません。

ダラムサラにはチベット医学のほかに、西洋医学ももちろん入っていて、オーストラリアのボランティアの医師が常時待機していました。入院患者のほとんどのチベタンがTB(結核)でTBに罹ったことがない人はわずかで、それくらい流行ってる病気でした。栄養的にまだまだ不足NGという証です。今はどうなっているのか、知りたいところです。

インドのラダック地方

インドのマナリー(デリーから北へバスで15時間くらい)から更に北へ走り、だいたい丸2日バスに揺られ、5000M級の山越えを二つ。ラダック地方のレーに入ったのは1991年9月のこと。ちょっと前までチベット旅行して高度順応していたためか、他の旅行者が高山病に苦しんでいたのを尻目に、私は至って元気でレーに入り、一ヶ月近く滞在しました。ちなみにレーは3500Mの標高があります。

左下の写真は、ラダックまでの道のりの途中見かけた、道を直すインドのおじさんたち。ご苦労様です。また右下の写真はラダックの都レーの道端で野菜を売るおばさんたち。チベット語の方言のラダッキを話しこんにちはは「ジュレー」といい、チベット語のこんにちはの「タシデレー」は使われてませんでした。

 インド  インド・ラダック・レー

下の写真はストゥーパ(仏塔)と近郊へ行くバス乗り場。ここからラダックにあるたくさんのゴンパ(寺)巡りのためにバスに乗ります。

インド・ラダック・レー

こちら下の写真はレーの町並み。小高い場所に上って撮影。紫外線がかなりきつかったです。

インド・ラダック 

インド・ラダック

一歩郊外に行くとこんな感じ。すごく広大な景色が拡がります。

インド・ラダック

ラダックに行ったらゴンパ(寺)巡り。ヨーロッパの教会巡りやタイのワット(寺)巡りと一緒です。最初は楽しいけれど段々飽きてきます(笑い)。スミス・ゴンパ、ティクセ・ゴンパ、アルチ・ゴンパ・・・たくさんあって回りきれません。あるゴンパでは千葉の成田山の寺に招待されて日本に行ったことがあるといって、その写真を見せてくれ、お茶までご馳走してくれた寺もありました。

既に16年もの歳月がすぎると一体どれがどこのゴンパだったかもかなり怪しい。下の写真はそれぞれのゴンパでの写真。ゴンパの名前わかりません。知ってる方教えてください

インド・ラダック

インド・ラダック

インド・ラダック

インド・ラダック

インド・ラダック

インド・ラダック インド・ラダックインド・ラダック インド・ラダック

上の左下写真はインド軍のトラックの写真。ゴンパ巡りでバスを基本的に使うのですが、中々バスが来ないときにはよく道を往復してるインド軍のトラックの荷台に(時には助手席に)乗せてもらいました。地元の人もよく乗せてもらっていて庶民の足にもなってました。お金は取ってませんでした。ありがたや

印パの事実上の国境になってる停戦ラインがこの近くにあり、またインドが領有を主張し中国の占領下にあるアクサイチンが東にあるため、このレー・ラダックはインドにとっての要所です。そのためインド軍のトラックも頻繁に道を走り、また夜レーにバスで入ったときにはインド人の軍人に呼び止められパスポートの提示を求められました。ちょっと物騒で関わりたくないなあと思いましたが、結果的にゴンパ巡りの足としてはすごくお世話になりました。マナリーからのバスもこの軍用道路のためにかなり整備された道を走り、軍様様の状態でした。

下の写真は子供たちが集まっていたので、「大きな栗の木下で」を教えてきたところ。言葉はわからなくても、結構通じる。後は勝手に子供たちが踊ってました。

インド・ラダック

実りの秋。農作業するラダックの家族。のどかです。

インド・ラダック 

レーには他にも日本人旅行者がたくさんいたのですが、そのうち仲良くなったほかの3人の日本人と一緒に和食を作って食べることにし、せっかくだからと、一ヶ月ほどお世話になった民宿の家のおじいさんを招待して、味噌汁と煮物を作ってもてなしました。(味噌と醤油、だしを持ち歩いてる日本人がいて調味料は大活躍でした)その民宿には大きなあんずの木があり、いつもたわわに実ったあんずを勝手に他の日本人旅行者とごちそうになっていたのですが、このおじいさんに見つかったとき、あとからこのおじいさんがわざわざあんずを届けてくれました。恥ずかしかった~

おじいさんは、私たちの作った和食をおいしい、おいしいと何倍もお代わりをし、喜んでいました。よかった

9月末にもなるとラダックは一気にそして刻々寒くなり、マナリーからの軍用道路は雪のために閉鎖され、あとは毎日印パのドンパチやってるシュリナガル(カシミール地方)を経由してデリーにバスで出るか、飛行機で一気にデリーに飛ぶしかなかったのですが、飛行機は予約で一杯で席が取れず仕方なくシュリナガル経由でバスでデリーに戻りました。でもそれはすごく運が良かったのです。ドンパチやってる間はバスも出ず、たまたま停戦となった日がありそれを捕らえてデリーに戻ることが叶ったのですから。湖もあって避暑地になっていいところなのにシュリナガルが戦地になってるのはとても残念です。

ラダックの郊外にはザンスカール地方もあり、トレッキング好きな人にはいい場所です。標高高く、冬も早いので夏場のいい時期に行くのが鉄則。チベタンの流れを汲む人々が住んでるのですごく人々が和やかでいいところでした。ここがインドにあるとは絶対に思えないチベタン世界。チベットも近く東に行けばすぐチベットのチャンタン高原の西に出ます。また行きたいなあ。

ラダック

ラダック

  • 作者: 高木 辛哉
  • 出版社/メーカー: 旅行人
  • 発売日: 2001/06
  • メディア: 単行本
チベット―全チベット文化圏完全ガイド

チベット―全チベット文化圏完全ガイド

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 旅行人
  • 発売日: 2006/08
  • メディア: 単行本

旅行人のガイドブックは頼りになります。地球の○○方(一説には転び方、迷い方って言う人もいます。笑えます)より断然優れてます。

インド

インド

  • 作者: サリナ・シング
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2004/03
  • メディア: 単行本
  •  

ロンリープラネット社のガイドブックも優れもの。日本版はメディアファクトリーで扱ってるようです。英語版では大変お世話になりました。今は日本語版が出てるのでいいですね。地図も地球の○○方より正確だし、大都市しか載ってない地球の○○方より小都市も載っていてバックパッカーの強い味方です。

氷の回廊―ヒマラヤの星降る村の物語

氷の回廊―ヒマラヤの星降る村の物語

  • 作者: 庄司 康治
  • 出版社/メーカー: 文英堂
  • 発売日: 1998/12
  • メディア: 単行本
ラダックのザンスカール地方の子供が氷の回廊を通って生活するために旅をする物語。NHKで以前放送されました。その世界は過酷ながら素晴らしいです。
 
ラダック 懐かしい未来

ラダック 懐かしい未来

  • 作者: ヘレナ ノーバーグ・ホッジ
  • 出版社/メーカー: 山と溪谷社
  • 発売日: 2003/06
  • メディア: 単行本
本当の豊かさは何か?を問われます。

私が訪れた42カ国


私がこれまで訪れたことのある国は42カ国。世界の18%に当たります。赤い部分が私が既に訪れたことのある国なのですが、こうしてみると私が世界をいろいろ見て回ったと思っていても、実はそうでもない汗、たいしたことない汗ことが良くわかります。例えばこんなに広いアメリカを塗りつぶしても実際には、ロスアンジェルスビル1日、サンディエゴクリスマスツリー1日、ニューヨーク夜の街1ヶ月滞在なので、全部を塗りつぶしてもいいのかなあと気後れもあります。チリだって最南端まで行ってないし、オーストラリアのタスマニア霧も行ってないのに赤く塗られてるのって変かも、と思ったり。インドネシアに至ってはバリ島船とジャワ島クローバーたった1週間のツアーでインドネシアの島々お月様が全部赤くなってるのがすごい。

この地図を作って見るまで実際に自分が何カ国行ったことがあるのか、正確に数えたことがなく勝手に30ヶ国くらいは行ってるだろうと思ってたのですが、それよりも実際はもっと多かったです。興味がある方はこちらのサイトから自分の行った国のマップを作れます。行った国にチェック入れていくだけです。
http://www.world66.com/myworld66/visitedCountries

中南米は一回しか行ったことのない国がほとんどですが、ヨーロッパとアジアはほとんど2,3回は行ってます。インドおうし座が一番多くて6回、ネパール富士山との出入りを考えれば8、9回入ってて、延べ1年8ヶ月滞在と最長です。タイにも何かと言うとまずバンコクに飛んで飛行機安いチケット求めて、そこから移動、帰りも必ずバンコク経由というのがバックパッカーの流儀だった(というよりとにかくチケットが安かった)ので、10数回タイのバンコクには行ってます。だから気持ちとしてはバンコク飛行機やインドおうし座などはどこよりも強い赤で塗り、一回くらいしか行ってない、しかも滞在日数も少ないところは薄く塗りたい気持ちなのですが、そういうことはこの地図には残念ながらショック!反映できません。

旅行をしていたとき、よく白人のバックパッカーに言われたのが「日本人の女の子のバックパッカーって初めて見たよ。君はすごいね!!」と褒められていたことです。しかし実際には私自身日本の女の子一人で廻ってる何人かの人に会っていたので、「それはあなたが会ってないだけよ」と言ってました。もちろん絶対数は少なかったにちがいありません。でも今はもっとたくさんの人が出ているのだと思います。

私の回っていた90年代は白人の旅行者が一体どこの人なのかは尋ねてみるまでわからないのですが(イギリス人かフランス人か、ノルウェー人か、アメリカ人か・・わからない)、アジアの人なら大抵日本人でした。それくらい日本以外のアジアの人は旅行に出ていなかった。しかし90年代半ば頃になってようやく韓国人が一般的に旅行解禁になり特に韓国人が増え始め、ほかにも少人数ながら香港人、シンガポール人、台湾人も加わると、私自身はとても嬉しく思ったのを思い出します。白人に「日本人はてなマーク」と聞かれずに「どこから来たのはてなマーク」とよく聞かれるようになったのですから。

また世界一周してる人には旅行中たくさん会いました。アメリカ人、ドイツ人、イギリス人、アイルランド人、フィンランド人、挙げたら切りないです。もちろん日本人も。しかも私がした世界一周2年ていうのはかなりザラで、5年クラッカー、10年クラッカーなんていう人もいました。連続でなく一年の内3ヶ月を必ず旅行に充てて世界を廻ってる人もいました。

それからおもしろいのがその手段。バイク自転車でアジア一周、バイク自転車でインド一周、自転車でアメリカ大陸縦断、自転車でユーラシア大陸横断、徒歩走る人でニュージーランド一周という人にも会いました。

日本で語学教師をして資金お金を稼ぎ、旅行して、また資金お金がなくなればどこかで語学教師をして稼ぎ・・を繰り返して世界中に滞在+旅行をしてる人にも会いました。そのためたくさんの言語、習慣、文化を知ってました。すごいなあと圧倒されました。もちろんその国が好きで異国なのに住み着いてしまってる人にもたくさん会いました。日本人はどんな国にもいます。もちろん中国人も。どこにも中国人がいてレストランを開いているので中華料理には大変お世話になりました。中国語しゃべれたら旅行に不自由しません。それとイスラム圏が多くコーランわかってアラビア語しゃべれたらOKで、スペイン語圏も広いのでスペイン語しゃべれると旅行も断然しやすくなると思いました。英語の歌がヒットすると億万長者でしょうけど、中国語でもアラビア語でもスペイン語でも簡単に億万長者になれるだろうなと思います。日本人の歌手は日本語の歌でなく、こういった言語で歌を出したほうがお金を稼ぐのには手っ取り早いかも。マーケットの大きさが違うので。

ついでなので海外に出ていた延べ日数を大まかに数えてみました。大体4年近くでした。これは住んでたり留学したのでなく全て純粋に旅行に充てられた年数です。世界の広さを知り、自分の小ささを知り、知らないことがたくさんありすぎ、まだまだ知らないことは山ほど富士山あることを知りました。旅行に出ると言うのは知ること、学ぶことメモ。決して机に向かっていることだけが勉強メモでなく、むしろ旅行からこそたくさん学びメモました。また国によって時代時計によって常識、価値観が全く違うので何が素晴らしいことなのか、何に価値を置くのか、自分で考え自分で結果を出すことが一番なのだと悟りました。私の放浪とも言える旅は福島の亡くなった祖母からしたら、「何をしてるんだかパンチ!。いつまでもフラフラくだらない旅行なんてしてないで、さっさと結婚しなさいDASH!」と言われてましたが、ニュージーランド人、オーストラリア人、アイルランド人、アメリカ人、ドイツ人のおばあちゃんからは「何てあなたは素晴らしいの合格。旅行も人生も楽しんでねラブラブ」と大いにエールを送ってもらいました。これくらい私の旅行1つとっても正反対の価値感で批判されたり絶賛されたりするのですから、何事も自分で判断すべき、常識も自分で考え直したほうがいいと思いました。

それから旅行の素晴らしさは、出会った人との利害関係がないこと。どんな大会社の社長であろうが、どんなスターであろうが、所詮お互い同等の旅行者でバックパッカーでしかないので、上下関係がなく、ざっくばらんにおしゃべりできます。これは本当に素晴らしい。日常生活では必ず利害関係があり、上下関係があるため、それを考慮して一歩踏み込んで本音で話せないこともあるけれど、旅先では全くそれがないので楽しいです。もちろん日常では決して出会うことのない人々にもたくさん出会って話せるのも素晴らしい経験でした。

行ったシーズンにもよるし、既に時時計が経ってしまうとその国、その場所は違った場所になり、どんどん変化していくので、旅も一期一会です。ここ7年くらいは全く海外に出ていず、いつまた行きたいと思うのか私自身もわかりませんが、時時計が来たら、そして行きたくなったら、また必要あれば、また旅に誘ってくれるだろうなあと思ってます。

せいぜい今はブログの記事として今までの旅をまとめようと思うのですが、試写会やイベントがあればそちらに気を取られ、旅の記事のアップには至らず・・・。トホホ。まあ気長にやっていきます。

追記:お勧め本です。

①斉藤夫婦のマンガによるバックパッカーの世界旅行。笑えます。かなりリアルで楽しめます。

バックパッカー・パラダイス―旅人楽園

バックパッカー・パラダイス―旅人楽園

  • 作者: さいとう夫婦
  • 出版社/メーカー: 旅行人
  • 発売日: 1995/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
バックパッカー・パラダイス〈2〉楽園の暇

バックパッカー・パラダイス〈2〉楽園の暇

  • 作者: さいとう夫婦
  • 出版社/メーカー: 旅行人
  • 発売日: 1998/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  •  
②深夜特急はバックパッカーにとってバイブル。この本に刺激されて旅に出た人が多いです。私は旅から戻って読みましたが、沢木氏に同感することが多かったです。
深夜特急〈第一便〉黄金宮殿

深夜特急〈第一便〉黄金宮殿

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/05
  • メディア: 単行本
  •  
深夜特急〈第二便〉ペルシャの風

深夜特急〈第二便〉ペルシャの風

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/05
  • メディア: 単行本
飛光よ、飛光よ

飛光よ、飛光よ

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1992/10
  • メディア: -